必ず来るその日のために

1999年4月18日(日)に高島屋京都店の屋上で、もうすぐ5ヶ月の、不細工で無表情で動かない激安みるちゃんを見つけ、翌週の日曜日にもまだ同じ状態でいるのを見て、そこにいるよりはウチで留守番している方がマシでしょうと連れ帰ってから11年と7ヶ月余り。


ブリーダーさんがくれた写真。どれがみるちゃんかわからないけど右端かな?


初めての室内犬、初めての散歩でタバコを口にしたりまっすぐ歩かなかったり、毛が薄いとかキレると噛むとか、そういえば1歳くらいの頃は目を見てくれることも少なく、通じ合っている感もなくて、犬を飼うのってこんなもんなのかな。とガッカリしたり、お手ができるようになったとか万引きがうまくなったとか、色々なことがありました。


1999年6月のみるちゃん。高島屋を出るときにつけてくれたこのバンダナは今も残してあります。

最初は成長していくだけの様子に嬉しいことばかりで。
そのうち段々と年を取ってきたなと思うことが増えるかわりに、阿吽の呼吸というか通じ合っている感じがしてきて、嬉しさ半分寂しさ半分の日々。



1歳までは基本、サークルで。おもちゃも壊すほどの元気さ。

2000年から始めた「だいありー」を、毎日少しずつ読み返して下さっているというお友達の話を聞いて、古いアルバムを開くような気持ちで見てみると、いつのまにか長い年月が過ぎていたことに気付きます。
正直、あと少し一緒にいたかったけれど、それはいつお別れが来たって思うこと。


六本木のデザインFで。左が2歳のみるちゃん。右が東京のクロードくん。

本当にあちこちたくさんお出かけをしました。


車の後部座席。手作りのカバーとクッションを置いて、みる様専用席に。

福井は毎年行きました。

三国海岸のかに祭りも、去年までずっと。

 春は天神川の桜を見て

 冬はふぐを食べに行って

 颯爽と琵琶湖に向かうお尻。



去年のお誕生日は、2歳の時はじめて行った岡山のラハイナさんで迎えました。

1999年12月30日、みるちゃん1才のお誕生日にオープンした「みる吉たいむす」も、2010年12月30日をもって終了いたします。

学生時代、新聞部だったので、NEWYORK TIMESをもじってつけたタイトルですが、今回、お顔を存じ上げない方から(海外在住の方も!)、たくさんお悔やみコメントやメールを頂いて、壁新聞程度には何か発信できていたのかなと思います。

犬の死体の写真を載せたり、焼き場での様子を細かく書いたりと、ある意味ヒンシュクモノではと気にしつつも、ここまでつきあうことが「犬と暮らす」ということだと伝えたくて書いてしまいました。

亡くなったときに棺や葬儀をどうするか、親しい子が亡くなったときにどうしたいか。
元気な時に考えておくのも、悔いのない最後のために必要なことだと思います。

何年か前、Peronちゃんちのyonekazちゃんと、もし、みるちゃんが亡くなったらという話をしていて、「どうしたいの?」と聞かれ、「芸能人のお別れ会でお花を1輪ずつ供えるような感じでBBSにお悔やみを書いてほしい」というようなことを言った記憶があります。
奇しくも、BBSは閉じていたものの、BLOGのコメントを受け付けるにしていたので、希望を叶えて頂くことができました。
11月28日のコメントを50も頂き、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。

また、体験してみてわかることも、たくさんありました。
犬をなくされた方はそっとしておいた方が良いのでは。元気な自分の犬を見せてはいけないのでは。と思っていましたが、そんなことはなかった。
たくさんの人や犬が集まってくれるのは嬉しいことでした。

そして、お通夜の夜に、「よそのワンちゃんが亡くなって、こんなに悲しいなんて思わなかった」と泣いてくれた、どりままを始め、頂いたたくさんの慰めの言葉。
霊園からの帰りの車の中で言ってくれた、「もともといなかったのにねぇ・・」と言う言葉、「いつか、みんなに来る日」という言葉を、その後、何度も思い返して、何とか時間をやり過してくることができました。
yonekazちゃんにもらった、「みるちゃんを見つけて、育ててくれてありがとう」という言葉も嬉しかったなぁ。。(携帯ゲームのメッセージでだけど)

最後に残ったのはなぜか、みるちゃんを「お返しした」という気持ちです。
みるちゃんを見つけて、大切に育てて、またお返しして。
HPは11年の生活の記録なので、当分は残しておく予定です。

こちらに来て下さっている皆様が、楽しく悔いのない白犬生活をお過ごしになるよう、お祈りしております。
またご縁があれば、白い子と暮らしてみたいと思っています。



今までありがとうございました。


milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 22:00 | comments(2) | - | - | - |

終わりよければ・・

みるちゃんを失ったことは大変悲しいことですが(lostではなくてmissという気持ち)、ほんとうに悔いの残らない終わり方だったので、運命なんて言葉は好きではないけれど、何か不思議な力にひっぱられたような気がしないでもありません。

■運転免許

・8年前、D動物病院で避妊手術を受けたあと、帰りのタクシーがなかなか捕まらなくて、病院へ行くのに不便だから運転免許を取ろうと思い、三十路も終わる頃に何とかAT限定免許を取りました。
その後、近くの病院へ移ったので、病院へ行くための免許が必要ということもなかったなと思っていたのですが、最後に具合が悪くなってD動物病院へ駆け込んだとき、オヤジは仕事中だったので私の運転で運ぶことができたのでした。

■最後の旅行

・夏休みに行った長野県戸隠の蕎麦屋「うずらや」さん。
秋の新そばを食べに行きたいねという話をしていたら、クララ家が近くのペンションを貸切予約して         予定を組んで下さり、10月に1泊で行くことができました。
あとでクラママさんに聞いたら、「どうしても行かなあかんと思ってん」とおっしゃっていましたが、お誘い頂かなければ、夏に行ったところだったので自分で予約してまで行くことはなかったと思います。
みるちゃんにとって、それが最後の旅行になりました。

・夏休みに泊まったお宿のオーナーさんが、妙高高原のゴンドラは犬と一緒に乗れて景色も良いと教えて下さったので、「来年の夏の旅行の時に乗ろう」と思っていました。
その後、癌がわかり、来年の夏の旅行はないかも。。と思っていたので、我が家だけ別行動で真っ先に乗りに行き、きれいな景色を堪能して夏の心残りをなくすことができました。
http://www.akr-sky.com/



 景色を見るのが大好き


いつも長野県に行くときは中央道で往復するのに、この時はどうしても新潟経由で金沢をまわって、どーりー君に会って帰りたいと思いました。
どりままに連絡するとその日は法事とのことでしたが、ご迷惑な話とわかりつつもどうしても!と思い、終わるのを待つからとお願いして、法事帰りのどーりー家とお会いすることができました。
長いおつきあいのどーりー君と、最後のお別れをすることができました。

 嬉しそうなどりち。


■お店まわり

10月9日 長野旅行の前にドッグサロンBeeさんでトリムをお願いしました。
もう10年に及ぶお付き合いの、みるちゃんカットをして下さるBeeママさん。
帰り際、これで最後になったりして。と笑いながら言ったことが本当になってしまったけれど。
 
 このお尻がキュート♪

10月16日は長野旅行、24日は少し遠いのでなかなか行けなかった琵琶湖の北岸にあるR CafeでPe家とランチ。
犬用ミートローフを食べて、琵琶湖をウロウロして、隣の席の人に可愛いと言われて、ずっと嬉しそうでした。

 
11月6日(土)は病院の上にある、2歳の頃から通っていたドッグカフェブルスケッタへ。
快気祝いにたくさんのオヤツを頂いて、みるちゃん大喜び。

11月7日(日)はしょっちゅう通っていたCafe Helloへ。
 
 パンを頂けますか?

11月14日(日)はニンナナンナさんで、念願のワンバーグ「大」を食べさせることができました。(Booだからいつもは小。)お庭では、誰よりも元気にマーキングして小走りでウロウロしっぱなしで、オヤジの膝ではこんな嬉しそうな顔。


手作りのリバティワンピを着てゴキゲン

11月20日(土)は抜糸が終わったその足で、通いなれた松尾園芸に行って、手術をがんばったご褒美にワッフルをごちそうすることに。
隣の席にいたおばさんにかわいいねぇと撫でてもらい、昔うちにいた犬もここのワッフルが好きだったのと言われました。
みるちゃんもここのワッフルが大好きだったよね。


冷えるからカートの中で食べたの

松尾園芸を出た後、帰宅するつもりでいたら、オヤジが小浜(日本海)に行くと言い出しました。
抜糸でかなりの時間待たされて疲れていたので、一瞬いやだな・・と思ったのですが、そのまま黙って日本海へ。
道中の公園で嬉しそうに走ったり、小浜港をご機嫌で散歩したり、すっかり暗くなった帰り道は、後部座席から助手席にやってきたので、ずっと家までダッコで帰りました。
膝の上で窓の外を眺めたり、途中のコンビニで買ったパンを一緒に食べたり、私の脇に鼻を突っ込んで寝たり、べたべたの甘えた犬タイムを楽しみました。

  マーキングを堪能

11月21日(日)は近所の大きな公園、西京極総合運動公園で長いお散歩をのんびり楽しんで。

 笑いながら走ってる


子犬の頃から一番通った公園。

夜は、いつものテーブルではなく、ちゃぶ台で、ふぐのお鍋。
みるちゃんも横に座っておねだり&ふぐを頂きました。一緒にお鍋を食べたのも久しぶり。

11月23日(火)は、琵琶湖のビュルツブルグでランチのあと、みるちゃんの一番好きな、なぎさ公園でお散歩&小走り。
この日は寒かったので、オヤジはニンナナンナさんがいいと言ったのだけれど、みるちゃんの好きな公園に連れて行く!と琵琶湖行きを主張して、これが本当に最後のお出かけとなりました。


 手編みのセーター。

特に危機感を感じていたわけではなく、何となくその日、気の向いたところへ行っていただけなのに、こうして振り返ると、行き付けのところに最後の挨拶まわりに行ったような感じになっていました。
若い頃から何度もお友達と遊んだなぎさ公園で楽しそうに歩く姿を、これまたたまたま動画にとっていて。
普段、動画なんて撮らないのに、なぜ撮ったのかはわからないのだけれど。

琵琶湖の帰りに近所のスーパーに寄って、車で待っているみるちゃんのために焼き芋を買って、家までの道中、一緒に食べました。
少し休憩してから最後のお風呂に入れて、お休みは終わりました。

11月25日(木)。いつも通り出勤したものの、途中で自転車のチェーンが壊れてしまい、動かなくなりました。
自転車屋さんも開いていない時間のため、会社に午前半休の連絡をして自転車を引いて帰宅。
まだ目も完全に覚めていないし、ちょっとお昼寝して1時ギリギリに行けばいいや。と、大歓迎してくれるみるちゃんと一緒にベッドに戻りました。
帰宅したのが9時前だったので、ベッドの上で、Xmasパーティに着せる予定のセーターを編んでいると、毛糸の上に乗ってきたり、真正面から顔を覗き込んだり、やたらと絡んでくるみるちゃん。
仕方なく手をとめて、抱っこしたりナデナデしたり甘やかしタイムを堪能させました。
うっとりと目を閉じて、プフーと鼻を鳴らしたり、もっと!と前足をバンバン叩いたり、それはそれは楽しいひとときを過しました。

11月26日(金)の朝、雨が降ったりやんだりの天気だったのでお散歩はやめようか。と一瞬思ったものの、少しだけ気分転換に歩かせようと外に出ました。
いつものコースをまわり、マンションの入り口まで来たところで急に立ち止まって前の国道を振り返り、ぼーっと見ていたみるちゃん。
何を見ているのか気になったものの、出勤時間が迫っていたため抱きあげて帰宅。
これが最後のお散歩となりました。

11月27日(土)、夕方、病院へ面会に行ったときは横になったままだったけれど喜んでバタバタしてくれていました。
10分くらいずっとナデナデしていたら、気持ちよさそうにウトウトし始めたので、明日のお昼に迎えにくるからお留守番しててね、いい子ね、と言って帰りました。
後を追うこともなく眠っていたようだったのでそのまま帰宅。それが最後に触ったみるちゃんでした。

こうして振り返ってみても、何の悔いも残らない2ヶ月弱の時間。
特に癌がわかってからは、毎日甘やかしてナデナデして好きなものを食べさせて。
金曜日の仕事帰りに寄ったスーパーでは、お刺身用のお魚が半額だったので購入。
最後の食事は、そのお魚を炒めたものを、嬉しそうに完食。
ラムちゃんも1週間前に取り寄せたところで、2つ食べられたしね。

最後にあれをしておきたかった。。ということが何もない、充実した2ヶ月でした。

milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 23:19 | comments(5) | - | - | - |

みるちゃんの準備

結局のところ、死因は何だったのかは、わかりません。
宿直の先生によると、巡回のときに呼吸が止まっているのを見つけたとのことで(1時間に1回の巡回がある)、眠ったまま呼吸だけが突然止まってしまったようです。

前日、副院長先生が、神経症状で怖いのは呼吸が止まってしまうこと、とおっしゃっておられましたが、まさにその通りになってしまったのです。
あとで、ぐるぐる回ったり平衡感覚がおかしくなっている症状が脳腫瘍と同じと聞いたので、膀胱癌と脳腫瘍を併発していたのかもしれません。

病院でだけは死なせたくないと常々思っていたものの、自宅で突然死されたのでは後悔ばかり残りそうだし、2度目の入院先で枕もしてもらって眠ったままポックリ逝けたのは、みるちゃんにとって幸せなことだったのかもしれません。
飼い主にとっても、京都で最高の設備を持つ病院で手を尽くしてもらってダメだったので、あきらめもつくことでした。

手術では、膀胱癌の腫瘍部分は摘出したものの尿管はさわれず、取れるところだけ取った、という状態だったので、再発・転移するのは時間の問題。
いつ、どうなるのか。共働きで面倒が見られるのか。みるちゃんが長患いで苦しむことはないのか。
いずれにしても、明るい未来ではなかったものの、がんばって乗り越えていこうと決意していたのに、がんばる時間もありませんでした。

非常に現実的でファンタジー的なことは9割方信じない性格ですが(1割は、そういうことがあるかもしれないと思うけど)、晩年のみるちゃんは何かわかっていたのではないかと思えるような様子でした。

とにかく、飼い主の後をさりげなくついてまわり、トイレ・お風呂も監視。
起きている間は常に真正面からガン見で見つめ続けている状態。

 じーっ。

何をしていても、痛いくらいまっすぐな視線を向けられているのを感じていました。
特に何を要求するわけでもなく、ただ見ているだけで、何だろう?とは思っていたのですが。。


ベッドの上から私のPC机を見るとこんな感じ。
何を考えてずっと見ていたのかわからないけれど、とにかくずっと見られていました。


オヤジ撮影。寝ている私の顔を見ているところ。

ここ1年くらいのみるちゃんは、1日中じっと見つめているくせに、夜は一緒に寝てくれなくなっていました。
ベッドに一緒に入って寝かしつけて、イビキがぶーぶー聞こえていても、電気を消すとドスッと音を立ててベッドから飛び降りていき、トイレに行ったり、自分のベッドに戻ったり。
それまではずっと一緒に寝ていたのに、年をとって気難しくなったのかとあきらめ、寒くなる日を心待ちにしていたところでした。
11月に一度だけ寒い夜があって、布団の中へもぐってきたことがあり、「もう少しで冬になるから、また一緒に寝られる」と思っていたのですが。。

そして突然、呼吸を止めたのが日曜日の早朝というのも、みるちゃんの思いやりのような気が。
あと1日前にずれていたら、帰宅してみるちゃんが死んでいるのを見つけることになったかもしれない。
あと1日後ろにずれていたら、こんなにたくさんの方が集まって下さることはなかった。
日曜日の朝だからこそみんなに連絡も出来て、集まってもらえる時間があって、さらにはyoneちゃんが月曜に有給を取っていたのも知っていたのでは、と思えてくるくらいです。

そして月末最終日は絶対に休めない仕事をしている私も、29日に全てが終わったので何とか30日に仕事に行くことができました。

職場には正直に手術のことや亡くなったことを伝えていたのですが、忙しい時期に休んで迷惑をかけたにもかかわらず、同僚の女子からお悔やみの言葉やお香典代わりのモリタ屋の商品券(肉を食べて元気出してとのこと)を頂いたり、犬と暮らしたことのない上司や同僚男性からも「このたびは・・」とお悔やみを言われ、恵まれた環境にもあらためて感謝しました。


みるちゃんがいなくなったことはとてもとても悲しいけれど、嬉しいこともたくさんあったよ。


milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 22:12 | comments(0) | - | - | - |

最後の一日

 朝起きて散歩に行くことなく、朝ごはんや薬を食べさせることもなく、
なまみる用のパソコンを立ち上げることもなく、万引き防止のゴミ箱チェックをすることもなく出勤。
仕事中はなまみるを見ることもなく、帰宅してドアを開けても、「ドスッ」とベッドから飛び降りる音も聞こえず、満面の笑みで飛び出してくる子もなく。
家に入り、散歩も夕食もラム支給の必要もなく、漫然と家事をしてネットを見てという生活に戻ってしばらくが経ちます。

1999年の12月30日、みるちゃん1歳の誕生日に始めた「みるきちたいむす」も
2010年の12月で終了致しますが、みるちゃんの最初から最後まで全てを残しておきたいと思い、もう少し更新することにしました。

11月28日(日)

朝5時過ぎ、病院から携帯にかかった電話で起こされました。
こんな時間にかかってくる電話はまちがいなく・・
お気に入りのピンクのブランケットを持って車に飛び乗り、病院へ駆けつけたものの、蘇生措置をやめずに待っていてくれただけの状態で。
看護師さんに「さわってあげて下さい」と言われ、さわったみるちゃんは暖かくてただ寝ているようで。
本来なら1階の裏口近くにある霊安室に行くところ、早朝だったので面会室で待つことになりました。

お昼にはお迎えに行くはずの、何の心構えもないところに突然のことで、しばらく大騒ぎした後、ぼんやりと座って待ちながら、何人かのともだちに、みるちゃんがなくなりましたとメールを送りました。
キレイにシャンプーして乾かしてもらったみるちゃんを面会室で受け取って、まだ寒いのに、宿直の先生と看護師さんが外までずっと見送ってくれる中、薄暗い朝の病院を出ました。

帰宅して、とりあえずいつもの人間用ベッドにブランケットごと寝かせ、呆然と可愛い寝顔を見つめていると、どうしても出勤しなければいけなかったオヤジが、(家が近所の)焼売家に連絡したから。と言って仕事へ出かけていき、かあちゃんからすぐ行くと電話がありました。

何だかすごく疲れていたので、しばらくみるちゃんの隣で横になっていると、かあちゃんととうちゃんが到着。なんと旅先の淡路島から駆けつけてくれたとのこと。

少しあとに、Peronちゃん一家が到着。結婚式に出席するといっていたyoneちゃんは礼服持参で来てくれました。
みるちゃんが大好きだった人たちがいっぱい泣いてくれているのを見て
やっぱり寝ているんじゃなくて死んでしまったんだなぁ・・と改めて思いました。


Peronちゃんが、ちゅーをしてくれたの

リサちも。


ココちゃんとは、かれんちゃんが生まれる前からのおつきあい。

切り花をたくさん持ってきてくれたyonekazちゃんの指示のもと、棺を作成することに。
プラスティックの衣装ケースをひっぱりだし、ダンボールやタオルやブランケットを敷いて、
もちろんブタさんの枕もして寝かせたみるちゃんの周りにきれいにお花を飾ってもらって、みるちゃんがフラワーアレンジメントの一部になったよう。

かあちゃんが、「こんな時になんだけど・・」と教えてくれたのは、犬の火葬場の予約。
焼売くんの火葬場がとてもよかったとのことで、すぐに電話をして立会葬の予約をしました。

大好きな鮎の焼いたのと、ニンナナンナさんのワンバーグを持って駆けつけてくれたクララちゃんご一家、この後数日の食をつないでくれたココ&かれんご一家、お仕事を切り上げて奈良から駆けつけてくれたBeeさんご一家、愛知県から来てくれた桃太郎くんご一家、さらには静岡を旅行中だった、金沢のどりまままで来て下さり、狭い我が家は人と犬とお花でぎゅうぎゅう。
お寿司の出前を取って、まるで人間のお通夜のように思い出話をしたり笑い話をしたり。

オヤジが仕事だったこともあり、みんなが来てくれなかったらどれだけ寂しいお通夜になっただろうと思うと、とてもありがたく思いました。

少し目を開いたままのみるちゃんは、眠くてトロトロしているときの顔で確かに目が合った気がすることも。。
身体はムチムチのままだし、今にも起きてきそうだね、と皆さんおっしゃってくれましたがそのようなことは起こらず、一晩を一緒に過しました。

 
一緒に後部座席に乗って最後のドライブ。

翌日は、神奈川から、かなまま。が、東京からうばちゃんが、大阪からkatsuraちゃんご一家も北白川ペット霊園に来て下さいました。
クラママさん、けいさん、yonekazちゃんと偶然有給を取っていたyoneちゃんも参列して下さって、最後のお別れ。

 
リサちが来てから遠慮気味になったけど、みるちゃんが大好きだったyoneちゃん。

霊園の方に、きれいな子ですね。と言われ、みるちゃんが聞いていたら、しっぽフリフリで喜んだだろうなと思いました。

人間と変わらず、お経が流れる中、お焼香をしてお別れまでの時間を過し、焼き場へ。
何を持たせようか悩んだ結果、昔D.F.Dで買ったピンクの迷子札、ラムちゃん、焼き鮎を入れ、Beeママさんに頂いた花束を抱いていきました。

あの可愛い丸い目も、真っ黒な鼻も、ふわふわの真っ白な毛も、みんな燃えてしまった・・と絶望的な気分になっていると、クラママさんが、「みるちゃんがお空に帰っていかはるのを見てあげて」と声をかけて下さいました。
顔を上げると、よく晴れた青空に煙突からの白い湯気のような煙が昇っていくのと紅葉が舞っているのが見えて、とてもキレイな風景でした。

お骨を全部持ってかえることにしていたので、これもまた人間とまったく同じようにお骨の説明を聞きながら骨壷に入れていきました。
びっくりする位きれいな骨で、アゴの骨も割れておらず、喉仏もすごくきれいな形で、霊園の方も珍しいですといわれるほど。
参列いただいた方々にも、きれいーと褒められ、これもまた、みるちゃんが聞いたら喜ぶだろうなと思いながら、すべての骨を骨壷に収めていきました。

焼き鮎をさらに焼いたら化石みたいになっていたり、ラムちゃんを焼いたりと、ちょっとお笑いが入ったのもみるちゃんらしくて。

その後、何度も通った芽亜里でみなさんとランチを取り、解散。
病院へ直行し、最後の治療代を払って帰宅。
ぜんぶ終わったんだーという喪失感というか虚無感は、一生忘れられないと思います。

その間にもお花がどんどん届き、クラママさんがお線香とライターを下さったので、骨壷を置く祭壇を作ったりお花を飾ったりして、みるちゃんの御見送りは終わったのでした。
病院を変わって、癌が判明して、手術をして、すべてが終わるまでたった2ヶ月のことでした。

 
最後に使ったブタの枕。
 

milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 16:51 | comments(8) | - | - | - |

旅立ち

 yonekazちゃんと、焼売かあちゃんがお花で飾ってくれました。
明日の11時に北白川ペット霊園でお別れしてきます。


milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 13:17 | comments(51) | - | - | - |

日曜日の朝

最後まで手のかからない、可愛くておりこうで強くて甘えん坊で、
宝物のみるちゃんでした。

来週はトリム、さ来週はクリスマスパーティ、
そのあとは三重に牡蠣を食べに行って
福井にフグを食べに行って、夏休みは軽井沢に行く予定だったのに。
ラムちゃんもトイレシートもたくさん買ったのに。

今日からみるちゃんが思い出になってしまうことが一番悲しいけれど、
楽しい思い出がたくさんあるから大丈夫です。

お世話になったみなさま、ありがとうございました。
とても楽しい白犬生活でした。



yonekazちゃんに先月撮ってもらった、琵琶湖畔のみるちゃん。大好きな笑顔。
milkichi3 | みるちゃんの思い出 | 08:03 | comments(13) | - | - | - |

【11.再入院】

 11月27日(土)

昨夜、ご飯を食べたあとから、さらに様態は悪化。
何度も何度もトイレにヨロヨロと行き、出ないおしっこをがんばっては
そのまま転ぶ、を飽きるほど繰り返す。
歩けないのだからじっとしていればいいのに、疲れてハァハァ言いながらも
動き続ける。

12時頃なんとか寝たので、一緒に寝るが夜中の2時過ぎ、強力な臭いで
目が覚める。
軟便をしたあと転んで下半身が汚れていた、とオヤジが洗ってくれていた。
ベッドで寝かしつけてもすぐに出てきて、ぐるぐる回る・トイレへ行く・転ぶを
永遠に続ける。

疲れと眠さとでつい、「いいかげんにして!」と怒鳴ってしまうが、
いつもならフテくされるはずが、何の反応も示さず動き続けているのを見て
病気の犬に声を荒げてしまった。。と反省。
とにかく動きを止めようと自分のベッドに連れていき、半分押さえつける形で
抱っこしていたら、30分くらいで寝てくれた。

そのあとも何度か物音で目が覚めるが体が動かず。
はぁはぁ言う声で目が覚めたのが6時半頃。
体が熱いので小さいカップに水を入れて口元へ持っていくと一気に飲んで、
また寝た。

オヤジはこの土日、休日出勤。寝不足のまま、朝7時に出勤していった。
ベッドを占領して寝ているみるちゃんをどかして起こすのも。。と思い
そのまま起きていることに。
ベッドの横でPCにはりついていると、シッポが小刻みに震えているので
何だろうと近づくと、横たわったまま大量に失禁していた。

濡れた下半身を拭き、ベッドを拭いたりシーツを変えたりしても
みるちゃんはまったく動かず、どこを見ているのかわからない。
病院の予約は11時20分。
こんな時に限って、ぜんぜん時間が進まない。
時々苦しそうな息をするが、熟睡しているので時間まで寝かせておくことにする。
朝ごはんも薬ももちろん無理。

時間つぶしをかねて早めに出かける用意をしていると、
ハァハァ言う声が突然聞こえなくなった。
舌がだらーんと長く垂れ下がり、ぐったりして意識がなくなっている。
時間は9時半。
すぐに毛布で包んで、動かなくなった犬を抱えて車に飛び乗った。

前夜、お友達の白犬ジニーちゃんが、呼吸が止まったけれど
何度も呼んだら戻ってきて元気にご飯を食べているというのを
読んだのを思い出し、何度も声をかけたり、信号待ちで体をつついたりした
が何の反応もなく、呼吸がどんどん小さくなっていくようだった。

9時45分病院着。
受付のお姉さんに、予約時間より早いんですが、意識がなくなったんです
と言うと電話で連絡を取ってくれ、2階へ行って下さい!と言われる。
2階に行くと、すぐに看護師さんがみるくを連れて診察室へ消えていった。

診察開始は10時なので先生はまだいなかったようだが、
中から、「ウエスティのみるくちゃんが、意識がなくなっています」と
先生を呼び出している声が聞こえる。

15分ほどでまた呼ばれ、心拍数は異常なし。ステロイドが切れて
神経症状が出ていると思われるので処置をしました。と説明を受ける。
みるくは診察台の上で横たわっていて、かすかに呼吸だけしていた。

夕方までお預かりします、とのことで一旦帰宅。
買い物をして、たまった洗濯や掃除をする。
前夜、寝られなかったが、さすがに昼寝のできる心境にはならず
ずっと動いていた。

夕方また病院へ。
高濃度酸素室で点滴を受けながら横たわるみるちゃん。
意識は戻ったようで、足をばたばた動かすし、目にも力がある。

副院長先生に、ガン治療より、短くても毎日楽しく暮らせるようにしたい
と告げ、ステロイドを再開・続けていこうと話し合う。
不幸中の幸いか、ごく少量のステロイドでも十分反応しているとのこと。

明らかに神経症状が出ているが、原因は不明。
脳に腫瘍ができているかは、MRIを撮ればわかるが麻酔のリスクもあるし
腫瘍があったところでこれ以上の手術は体力的に不可能。
神経症状によっては呼吸ができなくなることもあるので、
ステロイドで抑えるしかない。
アレルギーの皮膚のかゆみを抑えられるし、食欲が増すので薬やサプリ
も飲ませやすいしで、QOLを考えればやむを得ない選択だと思う。

今晩は入院して、明日の様子を見て退院することになった。
滋賀から駆けつけてくれたPeちゃん、リサちゃんと一緒に病院の3階で
夕食を食べた。
そういえば朝、スタバに寄ったきりだったのでお腹がぺこぺこ。
元気で激しい白犬シスターズに癒される。

お店のお姉さんにまた入院したと言うと、帰りに「退院したらあげて下さい」
と、ガンに効くというアガリクス入りクッキーをくれた。



高濃度酸素室で点滴中のみるちゃん。
敷物は二重なのでフワフワ、畳んだタオルで枕も作ってくれたので快適なはず。
一人で病院までの2往復と買い物を運転して、とても疲れた一日でした。
 


milkichi3 | 通院記録 | 21:46 | comments(4) | - | - | - |

歩けなくなる

 11月26日(金)

前夜、何度もトイレに起きていたようで犬も人も余り眠れず。
朝ごはんに起きてこないので、オヤジがベッドから抱き起こすとガルガル唸っている。
とにかく薬を飲ませないといけないが、クタクタのぬいぐるみのようになって立てず、
そのままくにゃっとつぶれて、床に横たわってしまう。

お尻や後ろ足が下痢で汚れていたので、洗面所に連れて行き洗おうとしたが
体がふにゃふにゃで立てないため、オヤジに身体を持ってもらい
急いで部分洗いをする。
足はバタバタ動くのでマヒではなさそう。

斜頚がひどくなってバランスが取れない&眠いだけのようにも見える。
ドライヤーをかけていると段々目が覚めてきたようで、何とか歩き出し
お茶碗を覗いていたので、昨夜作っておいた鶏と白菜のスープ煮を出す。
薬は非常手段、チーズにくるんで口へ無理やり押し込んでもらう。

散歩も何とか歩いて行けた。
もっとウロウロしたそうだったが、遅刻しそうだったので抱き上げて強制送還。

出勤して、なまみるを見ていると、ベッドに上ったり消えたりしているので
段差もちゃんと上れているようで一安心。
ライブカメラがあるだけでも、仕事中の不安がだいぶ違う。

金曜日だったので少し残業して帰宅。ドアを開けた時点で異様な臭いがする。
台所、リビング、寝室すべてに大量の下痢・血便と、踏んだ跡、
すべった跡などが散乱して、さながら地獄絵図のよう。。

先月のトリムでBeeさんに「使い捨てにすればいいよ」と頂いた
タオルがたくさんあったので、トイレシーツでざっと拭いたあと
洗剤を撒き、タオルでひたすら拭く。

犬が出てこないのはまたスネているのだろうと思っていたが、
何と、ベッドと壁のわずかな隙間に落ちて、立ったまま固まっていた。
救出してみれば本犬も下痢でべたべた。
そのままお風呂に連れていき、洗ってドライヤー。
部屋のラグや畳んで床に置きっぱだった洗濯物もエラいことになっている。
とにかくひとつずつ手洗いしては洗濯機へを繰り返し、1時間半ほどで終了。

さらにその後もどんどん具合は悪くなり、退院直後のような感じで
ぐるぐる回ったり、少し歩いては左へ倒れたりするが
支えてバランスをとってやると、結構なスピードで歩き出す。

ちょうどお刺身用のいさきをサクで買っていたので
スライスしてさっと炒めたら食べてくれた。

手術後と同じ症状が、ステロイドを切ったら出てきたということ。
抗がん剤はステロイドと一緒に飲めないこと。

こんな状態でガンが治るより(治ることはないだろうが)、
短くなっても、元気で楽しく暮らした方がよいのではないかと
オヤジと話し合う。
明日は病院なので、ステロイドを再処方してもらえないか相談してみよう。



一昨年の元気なみるちゃん。また旅行に行ける日は来るのかな。。
 

milkichi3 | 経過日記 | 22:40 | comments(6) | - | - | - |

ステロイドを切って

11月20日(土)の抜糸後、頻尿と斜頚は特に変わらないように見えた。
日曜日からステロイドをやめてみる。

11月21日(日)〜22日(月)

頻尿がかなりマシになってきたので安心。
お腹の針金がなくなったからかなーとのんきに思っていた。

11月23日(火)

安心したのもつかのま、頻尿復活。抜糸前より回数も踏ん張り具合も
マシではあるものの、何度もチビチビとトイレに通う。

11月24日(水)

血尿も復活。手術で取った腫瘍の再発だろうか。
手術前のような鮮血ではなく、濁ったようなオレンジっぽい色で
少し臭うので膀胱炎かもしれない。

11月25日(木)

帰宅すると、頻尿&血尿でトイレシートからハミでたおしっこが
リビングに広がっていた。
ビニールマットも敷いているが、さらにその下にも広がっている。
ひっくりかえって喜んでいる犬の相手をしてから、雑巾がけ開始。
いつのまにかベッドに戻り、掃除している様子をこっそり眺めているみるちゃん。
すっかり気分を害されたようで、そのまま夕飯も食べずスネていた。
オヤジが帰宅したあと、大喜びしたついでにご飯を出すと何とか食べた。
薬を飲ませるのも一苦労。

いつ元気になるのかなぁ・・
 

milkichi3 | 経過日記 | 21:29 | comments(0) | - | - | - |

【10.抜糸】

 11月20日(土)

今日は若い方の先生。予約していたものの結構待ってから診察。
頻尿と斜頚はステロイドを増やしても何の変化もないと言うと、
本当は少しずつステロイドを切った方がいいのですが、今日から
ガンの治療のお薬に変えてしまいましょうと言われる。
何日かかけてステロイドを切る余裕がないほど、残された時間がないのかな
と少し思う。

手術からちょうど3週間たったので抜糸と、相変わらずの頻尿のため尿検査。
奥の処置室へ連れて行かれて10分もたたずに、みるちゃんだけ看護師さんに
連れられて廊下へ出てくる。
まったく顔を知らない看護師さんだったが、「歩けるようになったんですねぇ」と
笑顔で言われて嬉しくなる。
後退していることばかりじゃなくて、前進していることにも目を向けないと。
基本、ネガティブな性格なので、明るい人に助けられることが多い。

抜糸のあとはとてもキレイにくっついていた。
尿検査は相変わらずの潜血と少し雑菌が見られるとのこと。
また膀胱炎?

次回は土曜日。
この病院は1週間分のお薬しかくれないので、毎週通うことになる。
また尿を持ってきて下さいとのこと。
来週はオヤジが出勤だから、一人で運転して来なければ。。
39歳にして、みるちゃんのために取った運転免許、とても重宝しているが
何年たっても気軽にどこでも運転していくことができず、悲壮な覚悟が必要。

バイトリル、塩化リゾチーム、ルメリーム



薬剤説明書を見るたびに、移行上皮癌なんだ・・と再認識する。

病院に2時間ほどかかったのでランチを食べてから、日本海までドライブ。



ドライブ、お出かけ、ドッグカフェが大好きなみるちゃんはとても嬉しそう。
milkichi3 | 通院記録 | 20:40 | comments(2) | - | - | - |
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